カテゴリ:introduction( 12 )

 

mixi内での活動の展開

 1年近くこのブログを休止していたが、ミクシー内での展開を、告知いたします。

下記URLは、ミクシーにIDを所持されている方は、アクセスできます。

mixぽんzzz
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  by ponkenblog | 2007-02-03 17:48 | introduction

2006年 1月 現在の活動状況

謹賀新年 今年もどうぞよろしくお願い致します。 

  外書講読…毎週土曜日PM10:30~
        J.S.ミル『自由論』(英文)
        輪読形式で英文和訳と質疑応答や討論を行います。

  和書講読…毎週木曜日PM10:30~
        J.J.ルソー『人間不平等起源論』(岩波文庫版)
        テキスト精読と議論を隔週で行います。

  上記、ヤフー・チャットの芸術・人文のユーザールームにて開催しています。

     政治・経済・社会・文化全般に興味をお持ちになり、

    誠実なお人柄で、本会の趣旨にご賛同される方の参加

    をお待ちしております。

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  by ponkenblog | 2006-01-05 02:34 | introduction

「戦後思想を考える部屋」とのコラボについて(dancer01jp)

戦後思想を考える部屋のご理解をいただけたため、じゅんちゃん(junjfk01)、よもりさんら(yomori55)の書かれた文章をも、このブログに載せることと致します。
 このようないきさつになった理由を、先に投稿したdancer01jpの戦後思想への投稿より抜粋して、説明に変えたいと思います。

 このようにポン研と「戦後思想」の会のメンバーがクロスして
いる関係もあり、また、経緯を遡っても支援及び協力の友好関係
にあったことがわかります。
 今現在、私の記事「ブログの有効性と展開」でも、触れている
ようにポン研は、りょうさんの聖書講読以外は休止状態にあり、
ブログで開放する活動の記事が取れにくい状態にあると思いま
す。そこで、ポン研のアーカイブにもあるような「戦後思想」と
の友好関係を利用し、又、私dancer01jpも、「戦後思想」のメン
バーで参加させて頂いていることもあるので、ポン研ブログの方
に「戦後思想」での活動記録をコラボレーションという形で、載
せられないだろうかいうことを考えました。サイトのタイトルが
「ポストモダン研究会」ですので、これも実験的な試みとして捉
えることも出来ますし、また、「戦後思想」の方では、今まで内
容の濃い議論を経てきたことを、吟味して公開できる場になった
らいいと願っています。
 しかし、「戦後思想」の会は、もともと、じゅんちゃん
(junjfk01)が始め、よもりさん(yomori55)が今は運営に携わ
っており、その2人に問い合わせたところ、この「戦後思想」の
メーリングリストに、私の意図することを説明して投稿して欲し
いとのことでしたので、このようなご説明とご理解を御願いする
次第となりました。
 ブログへの具体的な掲載については、未定ですが、案として
は、「戦後思想」のメーリングリストのアーカイブの中で、本人
のオリジナルの文章で本人の了解がとれ、公開する価値のあるも
の。もしくは、今後、私dancer01jpが出席した回の情報として、
どんなことを扱ったかを具体的に述べるのでも良いかと思ってお
ります。

2004年7月28日dancer01jp 戦後思想への投稿より抜粋
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  by ponkenblog | 2004-09-04 20:40 | introduction

ブログにおける有効性と展望(2) dancer01jp

 現在、過去のポン研における活動がメーリングリストに残されている。それらは、勉強会の資料や、研究会の結果報告もあり、リマインダーなどのお知らせなども含まれている。そして、メーリングリストのサイト中にある「ブリーフケース」などにも、ソニア氏のご尽力により、様々な資料やアーカイブが残されている。それらの中には、著作権を侵害しないように公表できない物も含まれている。従って、ここのブログで掲載しているのは、過去にメーリングリストに投稿されたもので、尚且つ、本人のオリジナルの文章であり、本人の許可を得て、そして、他の人にも公表することで有効であるとポン研ブログとして、考えたものである。
本来は、この記事の掲載も、ポン研のメーリングリストに投稿してから、掲載すべきであるが、現在、メーリングリストの管理者ソニア氏が約40人いると思われるポン研のメンバーの詳細を把握していないので、正式なメンバーが誰なのであるかが、特定で出来ていない。(この中には、情報だけをもらって、他で自分の利益に使用する輩もいるのではないかと、怪しむ。)むしろ、この活動に興味を持ち、ブログに感心のあるメンバーに閲覧してもらうために、ブログそのものにこの考察を掲載することとした。(それに、ブログに先に公表したほうか、正しく判断してもらえる可能性がある。)
 現在、このブログに投稿するための原稿の了解がポン研において、捕りにくい状況になりつつある。その原因を列挙するとともに、考察できたことがあるので、ここにあげてみたい。

1、 ブログという媒体を知らないので、知らない物に関しては、躊躇する。
2、 ブログに魅力を感じず、また、利益も必要性もないと思う。
3、 少人数の限られたメンバーの中での投稿は、安易に出来るが、ブログにおいては不特定多数の目に触れるため、気軽に公表できないと考えている。
4、 どうせ書くなら、ネットに出すより原稿を書いて印刷した方がいいと思っている。
5、 チャットという匿名の名前とバーチャルだとされる空間での研究会のため、リアルでの素性が明らかにされるのを、恐れている。

これらのことに対しての考察を書いてみたい。
1に対しては、知らないことに関して慎重なのは当たり前であろうが、知らないからといって、評価をしない、むしろマイナスの表現をするのは、別の話である。
2及び3については、現在の主な活動、ryo554氏が行う聖書講読では、約5~6人ぐらいの固定人数がポン研に集まり一元のチャッターが何人か訪れることで、運営がなされているといえる状況がある。これは、やはり、それだけのことが出来る資質のある特定の人しかリーダーになりえないことを、示しており、また、この聖書講読は オープンルームで行われているが、他のポン研の活動や研究会が現在行われておらず、5~6人の固定メンバーが、互いをよく知るってきた意味での閉塞感があると思われる。それについて、普及や啓蒙などの広げることではなく、門戸を開放しておくことが、閉塞感を解く鍵ではないだろうか。
4と5については、リアルで活動されている方が、異業種異文化交流的な発想で、このチャット研究会に参加されているものであるとも言える。
これらの考察をしてみただけでも、これまでのポン研の活動は、出来る人がやりたいことをやっているのであり、そのため、ポストモダンという冠を掲げながらも、方向性があるようで、見失いがちであったのではないかと思う。そのため、アーカイブにも、様々な分野の記録が残っている。
 ヨガの思想に、「物事は、緊張と弛緩を繰り返す」とある。これは、身体のポースを作るさいに与えられる本質的な原理を示しているが、緊張と弛緩を求心力と遠心力に読み替えることも出来る。2003年1月13日に始まったポン研の活動が、現在は弛緩の時期となり、遠心力を発しており、このままでも活動を継続できるならば、求心力の時期も訪れるかもしれない。少なくとも、研究会のメンバー達が楽しくてよければいいという段階よりも、研究会の成果をブログで発表していくとで、利他愛とも取れる「他の人の役にも立ちうる業績を残し、門戸を開放した」という次の段階に入ることになるのではないだろうか。
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  by ponkenblog | 2004-07-26 18:48 | introduction

ブログにおける有効性と展望(1) dancer01jp

 今年の2月より、エキサイトで発足したブログをポン研として、3月からサイトを建てている。ブログは日本では、普及したとはいえず、また、ブログの使い方も、日本では、アカデミックな方向性ではないと指摘があるように、公衆の落書きといわれるチャットと同じく日記など個人の感情のはきだめになる可能性も含んでいる。
しかし、これは、ブログのシステムが悪いのでも、私の製作したポン研ブログが駄作なわけでもない。日本の環境が国際的な状況に追いついていないとも言えるし、また、今後、日本的なブログ環境を作り上げる可能性もある。

 ブログにおいて私が着目している以下の点である。
1、 掲示板のように人にきてもらうのでなく、ピング送信によって、複数のブログサイトに投稿した内容を自動掲載できる。
2、 トラックバック機能により、同じような記事及びサイトとの横のつながりである双方向性がある。
3、 先週よりPDF機能がついたことにより、将来、なんらかの形で本または文集になる可能性がある。
4、 ブログは個人で使用されているが、研究会として使用されているブログは今はみかけないので、新しい使い方であると自負している。

これらの内容は、時間とともにその着目度は、変化していくであろうが、本来、ポン研の要綱にもみられたように、研究会がチャットというツールから発足し、メンバーがマージナルな空間の住人(ネットを通じて、様々なことに差別なく挑戦している人達の会のはず)として、このネットの中で、様々な試みをしていくこと自体がポン研の活動の一端であるとも 解釈している。すなわち、ネットという新しいコミュニケーション・ツールの恩恵と利用方法の模索でもあるわけで、その一環として、研究会の内容だけでなく、このような告知の問題も、含まれると考えることができるはずである。
その意味においては、いまだ日本において、ブログが導入されたばかりといえども、有益だと思われる研究会の成果である情報を、品位と保ちつつブログに掲載することは、なんら恥ずべきことではないと思われる。むしろ、他にない研究会のブログとしてのあり方を模索していることを提示し、独自性を示していると言えよう。
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  by ponkenblog | 2004-07-26 17:20 | introduction

ポストモダン綱領(暴発試案)

 私たちは相互の個人を尊重して、インターネットを介して、お互いの専門知識及び体験等を共有することを目的としていきます。
また、とあるレジメに関して、継続的に深く探究心を持ち、それぞれの思いを交差して、より一層の知識の拡充を図りたいと思います。

各自、発表者は、是非自分の専門知識等を、聴衆者に自信を持ってご発表していただきたい次第です。

2003年3月25日(火) 午後11時18分bouhatu1919さんの投稿より
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  by ponkenblog | 2004-07-24 18:01 | introduction

ペーパーさんのソニア版「ポストモダン宣言」草稿へのレス

お疲れさまです。ご苦労なさったのではないですか?なかなかに深遠なテクストに仕上がりましたですね。きっとそのハイブローさゆえに、「口語訳をおつけなさい」とおっしゃる向きもあると思うので、ためしに個人的口語訳(というよりは意訳)をつけてみました。御笑覧ください。


ポストモダン宣言  ― 亡命者の言葉を語ること ―
 現代は亡命の時代である。たとえ、自らの国、言語、性、アイデンティティーを知ら ない他者にはなれないとしても、私たちは、常識というぬかるみを回避しながら、越境 せざるを得な い。亡命とは、異端の一形式である。亡命には、家族、国家、言語からの決別を伴うからである。


きっともう、〈わたし〉には居場所なんてない。〈わたし〉がいったい何者なのかを明らかにする、いくつかの決まりきった条件について知らん顔などできるわけないのだけれど、そうした決まりごとまみれの世界から旅立たなくちゃいけないから。いままで〈わたし〉を〈なにか〉に繋ぎとめていてくれたリンクからはずれることは、とても困難で孤独なことかもしれないのだけれど。

 言説、思想、存在の様々な働きを解体すること。この残酷で不遜な解体は、私たち異端者の作業である。そうした作業には、不 断の分析、警戒、破壊転覆の意志が必要とされる。亡命者は、あらゆる絆を断ち切る。亡命者自身を結びつける絆すらも断ち切る> のである。


でも、いままでの決まり文句や決まりごとから、ちょっとだけ身をかわしてみよう。そうすることが〈わたし〉の新しい仕事なのだもの。あるときには息をひそめて見守り、あるときには不意打ちを企てるような、柔らかいフットワークが必要だし、時にはきっと、わたし〉自身の身を切り付けるような痛みを伴うのかもしれないけれど。

 モダンな生活の周縁部を、想像してみよう。そうした空間で、> 各ジャンルは不明確となり、必然性は、偶然性に席をゆずる。意味は刻印されると同時に簒奪され、アイデンティティーは疑問に付される。サブスタンスを奪われた人類は、亡命者として、苦渋
に満ちた生活を余儀なくされる。


〈わたし〉がいきているこの世界の向こう側は、鏡の国のアリスみたいに、たぶんきっとあべこべで、いままでの決まりごとなんて、こぼれる涙をぬぐうハンカチーフにすらならないはず。いま見えている世界の約束事だけでは、いきていけないそんな世界。

 周縁的な拠点、マージナルな領域。そこは、複数の物語が交錯する場である。物語は、多義的である。強制・抑圧し、脅かし、矯正し、惜しみなく与え、蠱惑し、放逐する。こうした拠点で は、唯一、究極、至高の存在などありえない。私たちは、多様な権力の作用するモダンな空間の住人である。


でもそこは、まだ見たこともない複数の可能性があるかもしれない世界。シンプルで判りやすい世界ではないかもしれないけれど、いくつものコトバや気持ち、メッセージが、あやとりの糸みたいに絶えず姿を変えながら、きっといろいろな兆候〈サイン〉を見せているから。それは、緊張と弛緩をくりかえす糸が織りなしていく、常に不定形の世界かもしれない。でもそこには、いままでの約束事から一緒に身をかわして、一緒にあやとりをしてくれる〈あなた〉がいるかもしれないから。そんな幸運な瞬間においてのみ、ほんのひととき〈わたし〉が〈わたしたち〉になれるのでしょう?

 だからといって、私たちは、外部の最高の敵に抵抗したり、闘争を挑むわけではない 。マージナルでモダンな領域では、内部と外部は明確に画定されず、意味は疑われ、同一性や共同体も不確実である。非決定、暗闇、無秩序、混乱、非合理、統治不可 能、恐怖、アナーキー。


もちろん、闘争!、なんていう勇ましい掛け声なんか、きっと風に吸い込まれてどこかに消えてしまうにちがいない。だから、そこでは〈あたなたち〉とか〈わたしたち〉といった、判りやすいグループは生まれにくいのかもしれないのだけれど・・・だからこそ。

 したがって、私たちの目的は、ある視座を宣言し、公言することではない。私たちは 、震える声、いぶかしむ声、自信のない声で語る。アナーキーなものの豊饒を信じる。意味の交差する多> 義的な体験の物語を紡ぎだす。茫漠とした空間へスクラッチを残す実験的な試みを企んでいる。


だからこそ、〈わたし〉は世界の姿を固定しようなんて思わない。そっと静かに、はかないヴィジョンを語るだけ。そんなヴィジョンなんか、砂漠に浮かぶ蜃気楼かもしれないけれど、オアシスのない砂漠なんてないはずだから。ふいに出会う〈あなた〉とコトバを交わすために、砂漠の上にささやかな足跡を刻み付けていこう。

 私たちは、外部の巨大な殿堂を襲撃し、陥落させようと叫ばない。マージナルな領域から聞こえてくる、かき消された叫びに、注意深く耳を傾けるだけである。私たちは、知の網状組織の共生を祝福したい。私たちは、創発的な思考空間の誕生を祝福したい。そして、何より、陽動的な亡命者・横断する異端者の誕生をここに祝福したいのである 。


世界は破壊するものではなく、変えてゆくもの。だからこそ聞こえてくる呼び声に耳を傾けよ。パスポートはいらない。トランクひとつで出かけよう。目的地は〈あなた〉。旅の準備はいい?・・・〈わたし〉は、〈あなた〉を探すための長い長い旅に、たったいま出かけるところ・・・。

なんだかめちゃくちゃ俗っぽくなってしまいました。意訳と言うより反歌ですね。思春期の女子高校生のポエムという話もありますが。ですがそにあさんの逡巡とためらいがちな決意に敬意を払い、そしてまた、たったいま始まりつつある戦争の知らせのことを考えつつ、はずかしながら書いてみました。そにあさん、みなさん、よかったら採点して下さいね。妄言多謝(笑)。
2003年3月20日、午後1時ペーパー フィッシュ投稿より。
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  by ponkenblog | 2004-07-24 11:05 | introduction

ポストモダン宣言  ― 亡命者の言葉を語ること ― (sonia_rykiel_2001版 )

現代は亡命の時代である。たとえ、自らの国、言語、性、アイデンティティーを知らない他者にはなれないとしても、

私たちは、常識というぬかるみを回避しながら、越境せざるを得ない。亡命とは、異端の一形式である。亡命には、家族、

国家、言語からの決別を伴うからである。

 言説、思想、存在の様々な働きを解体すること。この残酷で不遜な解体は、私たち異端者の作業である。そうした作業

には、不断の分析、警戒、破壊転覆の意志が必要とされる。亡命者は、あらゆる絆を断ち切る。亡命者自身を結びつける

絆すらも断ち切るのである。

 モダンな生活の周縁部を、想像してみよう。そうした空間では、各ジャンルは不明確となり、必然性は、偶然性に席を

ゆずる。意味は刻印されると同時に簒奪され、アイデンティティーは疑問に付される。サブスタンスを奪われた人類は、

亡命者として、苦渋に満ちた生活を余儀なくされる。

 周縁的な拠点、マージナルな領域。そこは、複数の物語が交錯する場である。物語は、多義的である。強制・抑圧し、

脅かし、矯正し、惜しみなく与え、蠱惑し、放逐する。こうした拠点では、唯一、究極、至高の存在などありえない。

私たちは、多様な権力の作用するモダンな空間の住人である。

 だからといって、私たちは、外部の最高の敵に抵抗したり、闘争を挑むわけではない。マージナルでモダンな領域では、

内部と外部は明確に画定されず、意味は疑われ、同一性や共同体も不確実である。非決定、暗闇、無秩序、混乱、非合理、

統治不可能、恐怖、アナーキー。

 したがって、私たちの目的は、ある視座を宣言し、公言することではない。私たちは、震える声、いぶかしむ声、自信

のない声で語る。アナーキーなものの豊饒を信じる。意味の交差する多義的な体験の物語を紡ぎだす。茫漠とした空間へ

スクラッチを残す実験的な試みを企んでいる。

 私たちは、外部の巨大な殿堂を襲撃し、陥落させようと叫ばない。マージナルな領域から聞こえてくる、かき消された

叫びに、注意深く耳を傾けるだけである。私たちは、知の網状組織の共生を祝福したい。私たちは、創発的な思考空間の

誕生を祝福したい。そして、何より、陽動的な亡命者・横断する異端者の誕生をここに祝福したいのである。
2003年3月20日(木) 午前6時34分のソニアさんの投稿より
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  by ponkenblog | 2004-07-24 11:00 | introduction

ポストモダン綱領(ryo554案 )

ぽんけんは会員相互の切磋琢磨の場である。
如何なる方面においてか。
範囲方向を定めず政治経済文化芸術自然科学工業技術あらゆる方面において
現代の社会が抱える諸問題について、
あるいはそれをも超えて会員の興味のおもむくままにテーマ
を出し合い調査研究を行い互いに議論をする。
各会員は安穏たる受動的態度をとるのではなく、
積極的能動的に会の議論に貢献すべく事前に
予定されたテーマについて提出されたレジメを参考にして自ら資料に当たり、
十分に各自の思考を深めておく。
また、ぽんけんの中心は議論であるが、
その場の思いつきを語るのではなく
和書洋書漢書等の基礎文献を研究し理解した上での議論であり、
思いて学ばざることのなきように心しなければならない。
外書講読の時間はこのような趣旨に基づく。
ぽんけんは政治結社でもなく宗教団体でもない。
一定の思想信条によって会員を拘束するものではない。
完全に自由な魂が曖昧模糊とした理解からより明瞭確実な
納得へと這い上がろうとする精神的修練の場である。
2003年3月28日(金) 午前7時42分ryo554の投稿より
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  by ponkenblog | 2004-07-24 10:53 | introduction

ぽん研とは

グループの説明:
ポストモダン研究会 「ぽんけん!活動中」

  ぽんけん主宰 そにあくん  掲示板管理者 ダンサーさん
  管理総支配人 秋山さん   外書購読担当 リョウさん

 
   ヤフー・チャットのオープン・ルームにて、外書講読、

  和書講読、ラウンジ、ワークショップ、コラボレーション

  等を定期開催(水・土)しています。

   政治・経済・社会・文化全般に興味をお持ちになり、
  
  誠実なお人柄で、本研究会の趣旨にご賛同される方の参加

  をお待ちしております。


  ぽんけん!活動内容については下記掲示板をご覧ください。
  http://jbbs.shitaraba.com/study/2730/

メーリングリストのトップより抜粋
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  by ponkenblog | 2004-07-23 13:04 | introduction

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