「戦後思想」チャット報告(yomori55)

こんにちは、よもりです。
お盆休み返上で働いているJUNさんに代わり、8月13日開催のチャット報告をいたします。
参加者はJUNさん、そにあさん、せいぼさん、いんくさん、ふとだまさん、よもりでした。

今回のテーマは、JUNさんがアップしてくれました高遠さんの手記をめぐっての感想でした。
「まずは元気になってよかった」(よもり)
「伝えられていなかったことが多く書かれていて、2チャンネルなどのパッシングのひどさが分かった」(いんく)
といった感想から始まりましたが、ボランティア活動のあり方をめぐって、
「国家と個人の中間に位置するものとして、しっかりとした組織を形成しなければ、これからのボランティアは立ち行かない。高遠さんは、自分の活動の公共性を主張すべきだったし、そのためにもしっかりとしたNPOなりをたちあげて、その中で活動すべきではないか」(そにあさん)という提示があり、ここから議論が拡がりました。
「かりに犯罪人であっても、個人を保護するのは国家の義務であるはず」(いんくさん)
「一人での活動は危険が伴うし、国家は個人の面倒をみてはくれないということを自覚すべき。」(せいぼさん)
「組織化することによって、運動が硬直化する恐れがあるのではないか」(ふとだまさん)
「個人的な動機に基づいて活動していることが、いわば高遠さんの持ち味で、組織の中に入ったのでは、高遠さんのモチーフの核にある“愛”が活かされないのではないか」(JUNさん)
「それはある意味“文学的”な動機で、イラクのような戦闘地帯に行く場合、やはり善意や純粋さだけではなく、社会性・公共性が必要ではないか」(よもり)
などなど、議論が出されました。

また、「自己責任論」をめぐって、
「自己責任という言葉は、市民社会の主体としての個人の確立を志向しているように見えるが、その実、関係の網の目の中で生きている私たちの、その網の目をブチブチ切っていくような議論ではないか。かつて話題になった援助交際少女の《人に迷惑をかけてないのだから、何をしてもいいでしょう》という言葉の、ちょうど裏返しになっているのではないか」(よもり)という発言から、
「公共性をどう位置づけてゆくか、そこの議論をしてみたい。やはり国家と個人が公共性をめぐってダイレクトに対峙するのではなく、中間的なNPOなり地方自治体なりが公共性を担ってゆく、そういう社会にならなければ、非常に危険ではないか。」(そにあさん)という発言があり、後半は今話題の「自治体合併」をめぐって、若干の議論になりました。

それで、次回のチャットなのですが、表題にもありますように8月20日(金)、夜10時より、「公共性」をめぐって
じっくり議論をしてみたいと思います。切り口としては、今回少し話題となった「自治体合併」について、よもり、JUNさんから「現地レポート」を行います。日本国家から「さっさと合併しちゃいなさい」と宣告された過疎地に住んでいる二人が、現地住民の生々しい声なども、都市住民の皆様にお伝えしながら(笑)、議論を進めてみたいと思います。ぜひぜひご参加ください。

なお、この報告中、出席メンバーの発言はよもりの怪しげな記憶に依拠しております。趣旨が違うと思われた方は、投稿をお願いいたします。
ではでは、20日にお会いしましょう。
2004年8月14日 yomori55投稿より
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  by ponkenblog | 2004-09-04 21:18

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